宗教活動にのめりこんだ人の末路とは

宗教活動にのめりこんだ人の末路とは

■宗教では救われませんので、自然を崇めましょう!

人生において、迷ったり悩んだりすることは多いです。

そのときに救いの手を差し伸べるように見せかけるのが、宗教です。

宗教は古来からあるわけですが、果たして宗教を信仰している人がどれだけ救われているのでしょうか?

宗教というものは、所詮、人が創ったものです。

そのため、時代に合った考えや教えを示しているとは限りません。

ですから、一生懸命信仰しても救われるわけでも何でもありません。

宗教は、信教の自由もあり、心の中で信仰している分には問題ありません。

ところが、宗教の中には悪質な団体や詐欺まがいな団体やカルト教団まであります。

それらの信者になるとどうなるでしょうか。

1.信仰活動

まず、毎週あるいは毎日のように信者同士で集まり、活動が行われます。

そこで、教えを受けるのですが、それが洗脳教育のようなものですので、いつの間にか信者として洗脳されてしまいます。

洗脳を受ければ、新たな信者を求めて布教活動に邁進していきます。

2.寄付

次に寄付を求められます。

始めは、少額の寄付に始まり、完全に洗脳されると高額な寄付を求められることもあります。

そうなると生活が破綻し、家庭内が混乱します。

こうなると後の祭りで、いくら家族が説得しても元の生活に戻すのは至難の業です。

3.テロや戦争

戦争というものは宗教が原因で起きているケースが大半です。

自分たちの信仰と相反する宗教や宗派は敵とみなし、攻撃します。

また、政治家や有名人だけでなく一般人をターゲットにして、破壊活動や時には殺人事件を起こすこともあります。

このような手口を使うのが宗教団体です。

これでは、救われるどころか、足元を救われるだけです。

救われるとは、巣食われると同じことなのです。

自分の財産や人生まで食われてしまうということになりかねません。

ですから、どうしても宗教活動に専念したいならば、収入を得る立場になることがおすすめです。

例えば、僧侶になる、牧師になる、宗教法人の職員になる等の方法で職業として宗教活動を行うのです。

そうすれば、経済基盤もできて、なおかつ宗教活動もできるので、一石二鳥です。

なお、賢明な方ならば、宗教に頼る必要はないということがお分かりになると思います。

なぜなら、宗教よりも自然を崇めた方が理にかなっています。

人が創った宗教よりも、自然(神)の方が次元が上です。

その方が神に近づく道となります。

日本神道は、教えではなく道です。

宗教よりも次元が高いということがわかります。

ですから、迷ったときや悩んでいるときは、自然に触れてみましょう。

その方が解決に近づくことでしょう。

くれぐれも宗教にのめりこまないようにお気を付けください。