■お墓は本当に必要なのか、考えてみてください!
お彼岸が近くなると、お墓参りに行く方も多いです。
お墓参りは、先祖の供養のために行くのが本来の目的です。
ただし、最近では、お墓参りに行きたくても行かれない方もいます。
お墓が遠方にあったり、仕事が多忙である、健康上の問題等の理由です。
また、コロナ禍がさらにお墓参りを遠ざける要因にもなりました。
そのようなこともあり、お墓参りが億劫である、面倒であると思う方が増えてくると、お墓そのものが本当に必要なのかと思うのも当然の流れです。
お墓自体は1000年以上の昔からあり、そのものを否定するつもりはないのですが、お墓がなくて困ることがあるのでしょうか。
罰当たりに思われるかもしれませんが、先祖代々のお墓がある以上、それを守っていくのが当たり前のように思われます。
しかし、諸外国にはお墓のない国もたくさんあります。
お墓がないから、罰が当たるとかそういうことではないわけです。
むしろ、お墓を承継していくことにより、後世に負担を掛けることになるケースが多いです。
相続において、お墓を承継する祭祀承継者になりたがらないケースもいくつも見ました。
お墓に掛かる費用も馬鹿にはなりません。
墓石の購入にかかる費用は、平均額で157万円です。
これに加え、お寺へのお布施も加えれば、相当な金額になるわけです。
世の中が不景気な中、お墓にまでお金を掛けられない方も増えています。
そのようなわけで、今あるお墓はもう不要だから撤去してしまおうという墓じまいをする方が増えています。
墓じまいする本当の理由は、人々にとって墓は不要なものだからです。
墓が本当に必要であれば、これまで亡くなった人のためにお墓を用意しなければなりません。
そうすると世界中の各国でお墓だらけになってしまいます。
それでは、不便となり生活できません。
それでは、墓を必要としているのは誰なのでしょうか。
それは、寺院と石材店です。
「亡くなった人がお墓で眠っているからこそ、お墓参りが必要だ」という迷信を人々に広め、それで商売してきたわけです。
実際のところは、お墓には先祖の骨があるだけで、魂はあの世へ行ってしまっています。
ですから、お墓参りをしても、先祖の亡骸を拝んでいるだけです。
お墓参りにしないと罰が当たる等というのも単なる迷信に過ぎません。
僧侶と話をすると、いかにも修業をしてきたみたいな顔を見せますが、裏では、金儲けに走ったり、キャバクラ通いをする等、豪遊している輩もいます。
また、宗教法人を乗っ取るよからぬ集団も出てきており、檀家に対して、不当な金額を要求する悪質なケースもあります。
日本人は一度、宗教の呪縛から離れることができれば、お墓は寺院や石材店が儲かるだけのカラクリだという現実から離れられます。
今は、お墓に入らず、海や山への散骨等の自然葬を希望する方や、手元供養や納骨堂を希望する方も増えています。
これからますますお墓離れが加速していくでしょう。